伊勢神宮、古殿地の覆屋

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建築家フォーラム第153回は、「竹林寺納骨堂」(高知県)で2016年の日本建築学会賞を受賞した堀部安嗣氏だ。この回の進行を務めた手塚貴晴氏は、堀部氏の作品をこのように評している。「とりたてて派手な現代へのメッセージが込められていたり、時代を画する独創性が光っているわけでもない。ただひたすら刃物を研いでいくように、小さな努力を砥石に刷り込んでいく無言の行である」(日本建築学会誌より抜粋)。 

前半は堀部氏のレクチャー、後半は手塚氏との対談という2部構成で進められた。「これからを見つめることは、これまでを見つめること」というテーマは、温故知新という堀部氏の建築への姿勢そのものだ。冒頭で堀部氏の作品の源流が東洋の古建築にあると説明し、前半が始まった。

最初に、影響を受けた古建築の持つ特徴や魅力について、和歌山の伊勢神宮や奈良の法隆寺、慈光院、唐招提寺、京都の大徳寺、蓮花寺など多数の寺院を例に挙げながら語った。

古建築の特長としてまず話にのぼったのが新陳代謝だ。たとえば、伊勢神宮で20年に一度行われる遷宮は、新たな木材を使い、新たな職人を交えつつも、原型を忠実に継承する。こうした、文化的あるいは風土的な要素を保ちながら、刷新されていく新陳代謝は建築の理想だという。

また、ここに使われる木々が自然界の循環の一部であるように、遷宮が大きな自然や歴史のサイクルに沿って生まれ変わっていることに意義を感じている。約1400年の歴史を持つとされる法隆寺が、実は老朽した部材は常に入れ替えられ、新陳代謝し続けている点にも言及。当初から1000年持たせようとつくったものではないのだ。

古建築を含む日本の木造建築で少なからず行われてきた移築も、新陳代謝として挙げた。移すことで、周囲の環境は変化するものの、建物は残すことができる。前川國男氏が自身で設計した自邸や、坂倉順三氏の手がけた飯端邸など近代の著名建築家の作品も移築によって現存している。

もうひとつ、古建築の特長として、内と外との接点の魅力を指摘した。接点とは、たとえば縁側がそうだ。接点を形作る庭園の木々と、建物の軒と柱などすべての要素が相対的に絡み合い呼応する。堀部氏は慈光院を「KING OF 縁側」と呼び、京都の高山寺・石水院、蓮花寺なども魅力的な縁側の代表格として紹介した。

 堀部氏は、そうした東洋の古建築のさまざまな要素を踏襲しながら、設計に取り組んできた。古建築が新陳代謝を繰り返しながら、基本的な形態が受け継がれてきたのは、そこに超えられない美しさがあると考えるからだ。また、原初的なものはその地域の特性を背景に、理にかなった雨仕舞い、通風、断熱の工夫などが施され、最先端ともいえるからだという。

1995年に竣工した、独立後の最初の作品「南の家」は、東洋の古建築を無我夢中で解釈して設計した。当時はあまり住宅に見られなかったスギの無垢の厚板を取り入れた点は、寺院建築の影響が色濃い。方形の屋根もそうだ。その一方で、室内は現代の暮らしに合うように配慮し、設計している。2015年に竣工した「鎌倉山集会所」では、寺院内を区分する「内陣・外陣(ないじん・げじん)」の平面構成を取り入れている。堀部氏はこの構成が住まいに有効であると考え、他の複数の作品で引用している。

周囲の豊かな自然を損なうことなく、その中にうまく収まるように建物を設計することも、古建築やもっと原初的な建築の重要な要素だという。冒頭で紹介した「竹林寺納骨堂」や「鎌倉山集会所」などをはじめ、多くの作品でそうした自然との調和をかなえてきた。

後半の対談では、古建築に興味を持った経緯を手塚氏が問いかけた。堀部氏は中学生の頃、欧州に赴いた際に、父親と一緒にギリシャ建築の図案を見たことが、古建築に興味を持つきっかけになったと語った。当初は主にパリの建築を好んでいたが、帰国した際に京都など日本の古建築に強く惹かれたという。手塚氏も、リチャード・ロジャース・パートナーシップ・ロンドンから独立し、帰国した後に日本の古建築の魅力を素直に受け入れられたと話す。両氏とも海外生活の経験から、東洋の古建築の興味にたどり着いた点は共通だ。

今回のフォーラムは、堀部氏の作品の魅力を知るに留まらず、現代の日本において「時間を超える建物をつくる」ことの意義と可能性を再認識する内容になった。

(介川 亜紀)



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