大使館(コンペ時のドローイング) : 千鳥ヶ淵からの全景

写真はこちら

建築家が描いていたかつての手描き図面には、その建築家の個性や建築思想までもが現れていた。しかし今日のCAD図面から、それを読み取ることは難しい。そんなイメージを一新する美しいCAD図面に、参加者は感動さえ覚えたのではないだろうか。77回建築家フォーラム「ドローイングと建築の間」は、講師に宮崎浩氏(プランツアソシエイツ代表)を迎え、「美しい」と形容される宮崎氏のドローイングの魅力を解き明かした。企画・司会は古谷誠章氏。

企画した古谷氏は、大学の先輩でもある宮崎氏を、「つくるものもスタイルも、とにかくカッコいい」と話しながら、「でも唯一の欠点?は、デジタル化されていないこと。図面も最近まで手描きだった。よくいえばクラフトマンシップをもった職人的建築家」と評した。

そんな宮崎氏から、ある日初めてCAD図面を見せてもらったとき、古谷氏は驚きと感動を覚えたという。「原図もCADで描いていたが、普通、CADの図面は味気ないものになりがちなのに、宮崎さんのCAD図面は、まるで絵に描いたようにきれいで気品があった」というのだ。

CADで描いているのに、なぜ宮崎氏の図面は美しいのか。それを解き明かしたいというのが今回のフォーラムを企画した趣旨である。

宮崎氏は、現在手がけている在日インド大使館関連の6つのプロジェクトを中心に図面を紹介した。まだ正式には公開されていないため、詳しい紹介はできないのが残念だが、古谷氏が指摘するとおり、紹介された図面からは、私たちが目にしてきたCAD図面にはない美しさがある。とくに平面図は濃密で感動的だ。単に数量や形の情報だけでなく、気品のようなものが感じられるのである。

ちなみにコンペではデザインだけでなく、技術資料も添付した。「単にデザインだけでなく、小さな組織でも技術的な心配はありませんよ」というアピールの意味がある。オプション提案などもあり、こうした提案が実施案に選ばれた理由の1つにもなっているようだ。

宮崎氏自身はCADができないというが、ではなぜこうした美しいCAD図面が出来上がるのだろうか。その秘密の一端は、宮崎氏による所員の教育にあるようだ。

事務所に入った所員は、宮崎スタイルの手描きの図面を徹底して教え込まれ
る。すべてを手描きで仕上げるのだ。そうやって宮崎氏の薫陶を受けた所員が、やがてCADを使って図面を描いていくようになる。すると、これまでにないような美しいCAD図面が出来上がったのだった。

「手描きの良さと速さをもち、なおかつCADもできる人が描く。それによって初めて、従来のCADにない美しい図面が可能になる」

宮崎氏はこう分析した。

いまでも時間がないときは、CADではなく手描きの図面にするという。理由は単純で、「その方がスピードも速いし、職人さんも手描きの図面の方がわかりやすいといってくれる」からだ。

宮崎氏によると、「平面図はすべての基本」で、「全体の7割のエネルギーを平面計画に使う」。講演に合わせて開かれていた展示会には、それを印象付ける平面詳細図が展示されたが、その密度の濃さと美しさは、かつての手描きの図面に匹敵するほど。そこには「(図面を)しっかりと注意深く描き込んでいけば、出来上がった図面には、仕上のモジュールや納まりまで判断できる情報が詰まっている」という宮崎氏の哲学やメッセージが込められているようだ。

古谷氏は、「施工者に対して、建築家はプレゼンテーション能力を高める必要があると思っているが、宮崎さんの図面にはその能力の高さを感じる」と評した。

宮崎氏の講演で注目すべき点に、仕事に対するいくつかの特徴的な取り組み方もある。

第1は、できる限りチームによる設計を展開していることだ。事務所に個人名を入れていないのも「チームによる設計をしていく事務所でありたい」との思いからである。サインプランニングやグラフィックなどの専門家がチームの中にいて、建築とともに総合的にデザインを展開する。しかも「設計の仕事が入ってきたら、最初の段階からチームでスタートすることが多い」(宮崎氏)のが特徴である。

第2は、徹底した現場主義を貫いていること。在日インド大使館のコンペでは、まず6つの敷地を入念に調査分析したうえで提案した。コンペの最中に発生した新潟県中越沖地震を受けて、既存建物の耐震安全性が懸念された際には、すべての建物を調査し免震改修などを提案した。大手組織事務所と競合したコンペで選ばれたのは、提案そのものもあるが、こうした現場主義や機動力も見逃せない。

事務所内には、H鋼などの素材がオブジェのように置かれている。実際に触ったり持ち上げて、若い人たちに大きさや重さを実感させるためだ。「若い人がコンピューターから得る寸法だけではなく、実際に見て学ぶ機会を得ることはとても大切だと思う」(宮崎氏)との信念がある。

3つ目は、プロダクツに力を入れていることだ。宮崎氏は「仕事がない時に勉強の意味で」と謙遜するが、メーカーと連携して新しいサッシを開発するなど、勉強の域を超えたものがある。

素材とその製造法にこだわってきた。そして「丹念に作られたものに触れる機会を得ることは大切」と強調する。

在日インド大使館のコンペに話を戻すと、宮崎氏の講演からは、近代建築のあり方を考える上で示唆に富むものもあった。

コンペの際に考えたのは、インドの建築とは何かということだった。そして新しい形(スタイル)が見えない中で、日本の形や文化でも、インドの形や文化でもない、新たな近代建築をつくりたいと考えたという。新たな近代建築とは、「日本的な近代建築ではない」(宮崎氏)という意味で使ったものである。

近代建築の再考へ宮崎氏がどんな取り組みを見せるのか。周囲の期待は大きい。しかし宮崎氏本人は「私は最終的に使う人たちがどう感じるかに一番興味がある。使う人に良く感じてもらえる仕事を、CADであれ手描きであれ、これからもやっていきたい」とあくまでもクールだ。これもまた宮崎氏ならではのカッコ良さの一端を示すものであろう。 (浜本 功)


活動一覧のページへ戻る   HOME