駿府教会_外観 : 撮影者 上田宏(Hiroshi Ueda)

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第78回建築家フォーラムは、講演者に西沢大良氏(西沢大良建築設計事務所代表)を迎えた。企画・司会を務めた手塚貴晴氏(武蔵工業大学准教授)によると、西沢氏は「言葉では宣言せずに作品で語る」建築家であり、その作品は「彼個人の作品であると同時に都市と社会に対するマニフェスト」、そして「すべての作品が都市の縮図であると同時に提言でもある」。そんな西沢氏が「現代の建築」をテーマに語った。自作を紹介しながら西沢氏が訴えたのは、現代建築が生み出しつつある新しいタイプの美しさについてである。

西沢氏は、現代建築が少なくとも4つの点で近代建築にたいして異質なものになってきたと述べる。第1に現代建築は「人工的であると同時に親自然的になってきたこと」、第2に「物理的な存在であると同時に現象的な存在になってきたこと」、第3に「現実的な問題にたいして魔術的な解答を行うようになってきたこ
と」、第4に「数の多さだけでなく種類の多さにこたえるようになってきたこと」である。

第1点目の人工的かつ自然であることとはどういうことか。これを説明する際に示された作品例は熊本県の「砥用町林業総合センター」であった。林業の町として栄えた砥用町は、市町村合併で町の名前が消える運命にあった。その町の記憶をとどめておこうと計画されたのがこの施設である。

人工的かつ自然なのは、施設の建設地だった。西沢氏はこのように語った。

「建設地の周辺には九州らしい山並みの大自然が広がっているが、よく見ると建設地はかなり大きな造成地だった。つまり周囲環境のコンテクストが自然環境であると同時に人工環境でもあった」

こうした場所に建築をつくることに、西沢氏は当初抵抗があったという。周辺環境としては自然だけの方が好ましいが、しかし建築は一般に、造成や道路敷設といった何らかの人工的な整備が先になされていないとつくれないものでもある。そこで考え直し、「人工的であると同時に自然でもあることを重視する」ことを意図した。

この建物の外観はガラスの箱の中に地元の杉材による構造体が納められたように見えるが、「森の茂みのような有機的なものを材木でつくると、人工的でもあり自然的でもあるコンテクストへの応えになる」と西沢氏は語った。人工的で自然的でもある周囲と調和した作品である。

第2点目の「物質的かつ現象的」な作品として紹介されたのは、昨年、静岡県に完成した話題作の「駿府教会」。線路沿いの角地に立つプロテスタントの木造の教会だ。現象的なのは、光と音の演出である。まず目に飛び込んでくるのはその外壁だ。「レッドシダーの割り肌板を採用した。細かい凹凸をもった壁面をつくり、光が壁と並行に差す時刻になると、壁面いっぱいに光と影が細かく入り乱れるようにした」(西沢氏)。この割り肌板は、5年ほど経過するとシルバーブラックになり、「そうなると、より光と影が美しい建築になる」と西沢氏は意図を説明し
た。
一方、教会の中にある礼拝堂も、壁が光と音を演出する。壁はパイン材、柱・梁は木トラスにした。内壁は上部にいくほど幅が細くなり、壁の上部と天井では幅18mmの木ルーバーに。時間によってガーゼ越しのように柔らかい光がトップライトから降り注ぎ、内壁の後ろにある木のトラスが蜃気楼のように現れる。遮音性能の向上、残響時間の調整など、音での演出にも力を入れた。
「礼拝堂にいると、トップライトの明るさによって光が変化する。部屋の大きさが伸び縮みするような不思議な感覚を覚えると思います」(西沢氏)。まさに現象的な空間である。

続いて、コンペで選ばれた「沖縄KOKUEIKAN」も紹介された。外観全体をツタで覆った商業施設だが、それが屋内において季節や自然を上空に現象させるためのものであることが説明された。

第3章「現実的であると同時に魔術的」の事例は「諏訪のハウス」。八ヶ岳のふもとに立つ三角屋根のセカンドハウスである。

西沢氏は「屋外の明るさの変化がわかる室内をつくる」ことを意識した。トップライトや窓による採光で、外は吹雪でも部屋は明るいという。内部は、床も壁も梁も「こげ茶色」に統一した。クライアントが大切にする古い洋家具と同色の空間にするためである。

この建築で驚かされるのは、住宅なのに「ベース照明がない」ことだ。その理由はこうである。

「クライアントは、東京に本宅がある。セカンドハウスを訪れたときに東京と変わらない生活空間では意味がない。自然光の下での生活をしていただきたかっ
た」

こげ茶色に覆われた空間で、自然光での生活を−。するとある変化に西沢氏は気づいた。

「光源が自然光だけになり、空間のあらゆる部位の色が焦げ茶色だけになると、光線がかならずこげ茶色の面に当たることになるため、純白のものも若干茶色に染まって見える。紙くずなども床やテーブルにとけ込んで美しく見えるようになる。現代の住宅はさまざまな雑貨や日用品が家のなかに持ち込まれるが、それらが全て茶色のフィルターに覆われて、空間と馴染んで見えるようになる。現実的でありながら魔術的な空間になった」

第4章「数の多さだけでなく種類の多さにこたえる」は、講演のまとめとしての現代建築への提言である。

西沢氏は、「近代建築が生まれた20世紀初頭という時代は、それ以前に比べてモノの数が飛躍的に増えた時代だったが、モノの種類は増えなかった。そのため建築家も、種類の少ないものを大量に集めることで空間を美しく見せる手法を開発した。大まかに言えば、それが近代建築だ」と指摘する。ところが現代では、モノの数だけでなく種類も増えている。そのため、近代建築の手法で設計すると空間がゴチャゴチャしてしまい、どうしても汚い空間になってしまうという。しかし、モノの種の増大という時代の流れは、誰にも阻止できないものである。

したがって、「モノの数だけではなく種類が増えた状態(空間)を、どうやって美しく見せることができるか、その設計手法の開発が求められている。単純にいうとそれが現代建築の課題だ」と西沢氏は指摘した。

種類の少ないモノを大量に集めて美しい空間をつくったモダニズムに対して、種類も数も増えたモノをどのように集めれば美しい空間が生まれるか。「私たちは、現代の新しいデザイン手法を開発すべきだ。これを都市のスケールでやれば東京ももう少し美しくなる」と西沢氏は提言した。

企画した手塚氏は「現代建築とは大きなテーマだが、西沢氏にとっては日常で、日々の設計活動からあぶりだされた現在」と評する。確かに諏訪のハウスで実践したような手法は、美しい現代建築のあり方に、日常の設計活動による作品を通じて、1つの方法を示しているように思う。  (浜本 功)


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